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北京
北京に渡ったのは二月。
「もう少し早かったら旧正月で賑やかだったんだけどね」
留学生担当者が爆竹の煤を指して笑った
来なくて良かったと思った。
異国の熱狂なんて怖すぎる
大学の中の商店で売ってるドライフルーツを指さして買った。初日に学内を案内されてから三日、ずっと買っている。
店員のお姉さんが笑顔を向けてくれる。
「留学生?」
「短期」
顔を覚えてくれたんだろうか。
まさか。
学生が何千人いるのに。
干し梅と杏を受け取る
お姉さんが、干し林檎を匙ですくった。
いいのかな、と指を伸ばすと、食べろという仕草。
『どう?』
『うん、良い』
酸っぱいという単語は知っていたが、発音したことなかった。
美味しい、て言うのには表情が追いつかない。
吹きさらしのベンチでミネラルウォーターとドライフルーツを摂った。
一人は慣れている。
日本でも一人だった。
食事も興味ない。
空は曇っていて、黄砂が目を叩く。
どこもかしこも埃っぽい。
誰も私のことを知らない。
こういうところへ、来たかった。
もう一度、商店へ戻り林檎を指す。
紙幣一枚分と、告げる。
今度はお姉さんは、少し大きい匙で 救った。
思ったよりも量が多かった。
「酸っぱい」
『そうでしょ、酸っぱいの』
「酸っぱいよ、すごく酸っぱい」
なんだか面白くなって、笑った。
酸っぱかったけど、水が甘く感じた。
心がシャンとして、冷たい空気が身体に染みたような気がした。
乾いた冷たい、大陸の風が。
私は、変わりに来たんだ。
ちゃんと目を開けて、持ち帰らないと。
選り好みしてる場合じゃない。
寮に戻り、スーツケースからガイドブックを取り出した。
今から行ける観光地を探す。
でも、どこも遠い。
タクシーに一人で乗るのは怖い。
バスも。
地下鉄なんて、切符の買い方もわからない。
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