序章 雨の日に

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こんな日に限って遅くなってしまった。 さっきまでの明るい空は、東の方から暗くなりどんよりとした雨雲に支配されていく。 「急速に発達した低気圧の影響で、関東地方は夕方から夜にかけて雷を伴った強い雨が予想されます。今日は傘を忘れずに持って出かけましょう落雷や竜巻など激しい突風にも注意してください」 朝の天気予報でも繰り返し警戒を呼びかけていたのに。 上空を浮遊する雲の流れは速く、風に漂うは雨の匂い。 直ぐにでも降り出しそうな厚い雲に覆われた空の下、私は傘がないことに今更気付いたところ……。 「夕方から雨だって」 学校へ行こうと玄関の扉を開けた私に、佳奈子さんが声をかける。 「傘、持っていってね」 振り返りもせず 「……折りたたみ、持ってるし」 小さな声で答えた、私。 佳奈子さんには聞こえていなかったと思う。 だって、――。 あれは私のひとり言で、そもそも聞こえるようになんて言ってないから。 本音を言えば、「いってらっしゃい」も「おかえりなさい」もいらない。 いちいち玄関にまで出て来て言わなくたっていいのにとさえ思ってる。 にこにこされたって困るだけ。会話を成り立たせようなんて、最初から思ってないんだから。 だけど完全に無視は出来なくて、――。 この、微妙な距離感、位置、関係。 アンバランスなりに成り立っているのは、誰のおかげなんだろうね。 私は、入江美琴。18歳。 パパと、パパの新しい奥さんの佳奈子さんと、現在3人暮らし。 人より遅い反抗期真っ只中の、高校3年生。
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