序章 雨の日に

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「はあ、――」 スクールバッグの中を探っていた手のひらを、溜め息と共に引き抜いた。 こんな日の為に毎日持ち歩いていたはずの赤い折りたたみ傘。 それが鞄の中、どこを探したって見つからないのだ。 最後に使ったのって、いつだったっけ。 ああ、そうだっ。 瑛理奈に貸したままになってるんだ。 「んもうっ……」 最近雨なんか降ってなかったらすっかり忘れてた。 瑛理奈、絶対忘れてる……って、今の今まで私も忘れてたんだけど。 降ってきたら……家まで走るしかないか。 心の中でぶつぶつ悪態を吐きながら、私は八幡さまの前を通りかかる。 通学路の途中にある小さなこの町の観光名所、それが、八幡さま。 正しくは、櫻井北八幡宮、南八幡宮といって、二つの神社が道路を挟んで向き合って建っている姿は全国的にも珍しいらしい。 石垣の下には大きな仁王様が道行く人に睨みを効かせていて、階段を上ると石の鳥居が見えてくる。 その奥には市指定の天然記念物、樹齢400年を超える大楠の大木が境内にまで枝葉を伸ばし、風に大きく揺れていた。 八幡さま、雨、まだ振りませんように。 ちらりと仁王様を一瞥し、急に雲の動きが速くなった空を見上げた。 なんか、やばくない……?? しっとりと湿った空気が舐めるように頬を滑っていく。 ざわざわとした妙な胸騒ぎに急き立てられるかのように、私は足を速めて帰路を急いだ。
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