第四章 朝

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 己れの名前を忘れ、霊体でいた頃の彼ほど、その狂気がむき出しではないにしても。  だが、まあ、大丈夫かな、とも思う。  彼には今は、ストッパーとなる存在が居るから。 「せんせー」 という声がした。  見れば、松葉杖をついた男の子が上の階から覗いている。 「……大塚」 「先生、見舞いに来たよ。  嘘。  病室に忘れ物してて、取りに来たんだ」  何が嘘だ、と眉村は苦笑する。  あんなことのあった学校に、教員として彼が戻ったとき驚いたが。  それより驚いたのは、意外にいい教師だと言うことだ。  下りて来ようとする大塚の足を気遣い、眉村は階段を上がっていく。  かつての彼にはなくて、今の彼にはある、失いたくないもの。  教師という立場だ。  自分のためというよりは、彼らのために、その名を汚すようなことはもうしない気がする。
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