7月 やまない雨はない、とか

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マンションの階段を上りながら、頭の中でユウくんの嫌なところを並べ立てた。 そうだ、確かに彼には良いところもあるけど、別にこれ以上特別に仲良くなりたいと思っている相手でもない。 尚吾くんが嫌だと言うんなら、アイツ自身も言っていた通り、もう近付かないようにすればいいじゃない。 それが好きな人に対する誠意だし。 私だって、尚吾くんがナツと2人で帰ったりするのは本当は嫌だもん。 同じことだ。 別に、動揺する必要なんてない。 ――妙に淋しいと思うのは、きっと、懐かしい匂いのせいだ。 借りたタオルやジャージにも仄かに染み付いている、彼の煙草の匂いのせいだ。 そう言い聞かせたら、迷いはなくなった。 おかしな話だけど、ユウくんが私の甘えをとっぱらってくれて、逃げ腰だった背中を突き放すようにして押し出してくれたおかげだった。 気持ちはすぐに固まった。 「ただいまー。濡れちゃったから、先にお風呂入るよ!」 家に入るなり、奥にいる母に大きく声をかけた。 ラインで済ませられるような用件ではないけど、ナツに『話がしたい』というくらいは先に伝えておこう。 向こうにだってきっと心の準備が必要だ。 会った時お互いに冷静に話をするためにも、必要以上に感情的にさせて傷つけてしまわないためにも。 お風呂から出たらそのまますぐにナツに連絡しようと思っていた。 ……青白い顔をした無表情の母が、珍しくわざわざ玄関まで出迎えに出てくるのを見るまでは。
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