7月 やまない雨はない、とか

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職場結婚、だったらしい。 上司を立会人にして。 母は寿退社ではなく、子どもが――私が出来たことが分かってから退職したそうだ。 その頃がどんな生活だったのか、私は知らない。 思い出話としてこっちから聞こうなどとは思えない、重たい扉に閉ざされている過去。 母も自分から私に話そうとしたことはなかった。 私に聞かせたくないと思っているからなのか、思い出したくもないと思っているからなのかは分からない。 だから私が知っているのは、中学校に上がる直前の春休みに訪ねた祖父母宅で、伯母から聞かされた話だけだった。 母にとって義理の姉あたるその人は、その時には私はまだ気付いていなかったけれど、どうやら母との折り合いがあまり良くないらしい。 だからあの時わざわざ私に、気持ちの良くない話をしてきたのかも知れない。 『莉緒ちゃんはお父さんと会ったりしてるの?』 ぽかんとしたまま、答えもせずにそれを聞いていた。 禁句というほどのものでもないけれど、事情をある程度知っている人は大抵避けるワードだったから。 伯母さんはあの時、なんて言ってたっけ。 言葉は思い出せない。 ただ、知らなかった事実をその時に教えられた。 ううん、それが本当に事実だったのかどうかだって、私は知らない。 父の不倫相手は職場の女で、母の元同僚で。 ――元々父と母がそういう仲になる前の、父の元恋人で。 先に他人のモノに手を出したのは、母の方だったと。
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