7月 やまない雨はない、とか

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「噂通り、そりゃあ軽かったわよあの男は。ちょっと綺麗な女の子を見たらすぐに声かけて……お母さんだって、その内の1人に過ぎなかったのよ」 自嘲のこもった告白の後、母はふと気付いたように「その頃はお母さんもそこそこ綺麗だったの」と得意げな顔で笑って付け足した。 どうやら冗談を言う余裕はあるらしい。 けど、普段ほとんど聞かない母のジョークは、逆に無理してるんじゃないかと私を不安にさせた。 聞いて良いんだろうか。 でも母は、こうなってみると、本当はずっと話したかったのかもしれない。 今なら母も話しやすいのなら、聞いてみたい。 「じゃあ、どうして結婚……?」 初めからそういう人だと、自分1人が特別なわけではないと、知っていたのに。 なんで一緒になることが出来たのか――、なろうと思ったのか。 恐る恐る発した質問にも、母はもう何も包み隠さなかった。 「たまたまよ、本当にたまたま。お父さんが特別お母さんのこと気に入ってくれたわけでも、お母さんの方から猛烈に言い寄ったわけでもないけど……運が、良かったのよ」 運が良い、と表現したことに驚いた。 うっかり漏らしたことにも気付いてないのか、母はそのまま話し続ける。 お父さんとの結婚は、『幸運だった』――それが、母の本音なのだ。 「お父さんの直属上司が、その頃お母さんのこと気に入って可愛がってくれててね。たまたま会社の近くで2人で食事をしているところを見られてから、付き合ってるのかって聞かれて……曖昧に答えたら、その人がやけに張り切っちゃって。『なんだ、向こうの腰が重いのか。俺がたき付けてやる』とか言い出して」
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