7月 やまない雨はない、とか

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きっと、結婚の立会人になったという上司のことだ。 良い上司だったのだろう、その人の話をする時、母の表情は自然な柔らかさにほぐれた。 「直属上司にお尻蹴られて、お父さんにしたら逆らうわけにもいかない状況で半ば無理やりよね。上司の前では女癖の悪さは隠してたみたいだし。もう言われるままにトントンと話が進んで……あれよあれよだったわよ」 その『上司』が動き出してからは本当に結婚一直線だったのだろう。 母は愉快そうに笑って話した。 その頃が凄く楽しくて、幸せだったんだと伝わってくる顔だった。 「もったいない」 「え? ああ、そんな軽い男と軽いノリで結婚したことが?」 変なプライドを捨てて全部話した後だからか、もう母の言葉には、自嘲も含まれていなかった。 「ううん、そこじゃなくて、その上司」 と指摘すると、きょとんとして首を傾げる。 なんだか母親ではなく、女友達と恋の話でもしている気分だった。 「その人の方がずっと良い人そうじゃない。その人、本当はお母さんのことお気に入りじゃなく、好きだったんじゃないの?」 「は、ま……」 ハ、マ? 一体何て言おうとしたのか。 驚きすぎたのと込み上げる笑いに一気に襲われたようで、お腹を抱えてよじりながら、母はむせたようにしばらく咳き込んだ。 「変なこと言うんだから。随分年も離れてたし、当然結婚もしてらしたわよ。そういう『お気に入り』じゃないから! お母さん、これでも仕事の出来る優秀な社員だったんだから。だから可愛がってくれてただけよ」
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