7月 やまない雨はない、とか

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なあんだ、残念。 そういう気持ちがモロに顔に出てたのだろう、母はまた可笑しそうに笑った。 当時は若くて、見た目が良くて優しいだけの遊び人にふわふわと溺れて、その上司のおかげでどんどん好転していく状況に浮かれて、周りの女の子たちを出し抜いて妻の座に着いたことで有頂天になってて――。 なんだか随分とすっきりしたような顔で、母は当時をそんな風に振り返りながら話した。 「ねえ、お母さん」 「んー?」 「そんなコト言って、でも本当はすっごく好きだったんでしょ? その軽薄な遊び人のことが」 少しだけ、困ったように眉が下がった。 「今でも――?」 答えを待たずに重ねた質問は、笑い飛ばされた。 「……すっごく好きだった、と、あの時は思ってた……かな。羨望と嫉妬の眼差しを向けられて有頂天で、そう思い込んでただけかも知れない。でも幸せだったのよ、その時は」 ……まだ、『当時』の話だ。 『今でも?』の答えは、流されたのか先延ばしにされたのか。 「結婚して良かった?」 「しばらく経って冷静になってみたら、結婚したくらいじゃあの男の女癖は治らないし、特別なポジションに着いちゃったせいでしなくて良い嫌な思いもしたけどね……。でも、良かったこともあるわよ」 ――『あなたが出来たしね』。 母は、そう言って優しい顔で笑った。 不覚にも、泣きそうになった。
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