7月 やまない雨はない、とか

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しあわせな、恋。 母の言葉を、私は口の中で小さく繰り返した。 片隅に尚吾くんの顔が浮かんで、それから、ナツに連絡しそびれたことに気が付いた。 もう大分遅い時間になってしまった。 明日でいいか、を繰り返している内に、どんどん言い出しづらくなるのは分かってるのに。 「あら。幸せじゃない恋してる顔」 「なっ! 一言も言ってないよそんなこと!」 「全部顔に出てるわよ」 と、母はからかいながらくすくすと笑う。 だ、騙されないもん! 誘導尋問には引っかからないんだから。 むうっと口を尖らせてみせると、母は笑いを引っ込めて首を傾げた。 「悩んでるんなら、聞くわよ」 「嫌よ。別に悩んでないし、恋もしてない」 「……莉緒は、嘘が下手ね」 そう言って目を伏せた母は、少しだけ、寂しそうだった。 だって、でも、お母さんに恋の相談なんて恥ずかしすぎるし。 チクリと胸を刺した罪悪感から逃げるみたいに、「それより」と話をすり替えた。 「今度、料理教えてよ。お母さんが仕事で忙しい時は、私が作るから」 この一言で一気に機嫌を良くした母は単純だ。 でもすぐに、「どうせバイトであんたの方が帰り遅いじゃない」と一蹴された。 確かに。 挙句、「料理を覚えようなんて、やっぱり恋ね」なんて……。 勘違いもいいとこだ。 結局話は元に戻ってしまい、藪蛇だった。
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