5月 遅れて来た春の嵐

8/32

284人が本棚に入れています
本棚に追加
/335ページ
見てろよ。 これくらい――、 「よせ」 パシッと乾いた音がして、遅れて手の甲がじんじんと痛んだ。 叩き落された火の点いたままの煙草が転がっていく。 「あーもったいね!」 アツシがそれを拾って、「もーらいっ」と一言、それをふかす。 「貧乏性。セコいことすんなや」 タケの声がして、みんなが笑った。 「煙草吸いたいの? あんた」 ――その声は耳元で低く響いて。 今さらの至近距離に、気が付いた。 くいっと顎をしゃくられて、それは『降りろ』という合図だった。 急に恥ずかしくなって、慌てて飛び退く。 「……別に。どってことないもん、それくらい」 ふいっと視線を逸らす。 ユウくんの代わりに視界に入ってきたのはアツシで、ユウくん以外にもこのメンバーに煙草を吸う人がいたことが、軽くショックだった。 彼が煙草を吸う、という事実にではなくて。 きっと私がいたから、私に気を遣って吸ってなかったんだということが。
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

284人が本棚に入れています
本棚に追加