5月 遅れて来た春の嵐

26/32

284人が本棚に入れています
本棚に追加
/335ページ
「多分莉緒ちゃんの方がアイツより柔軟だから。これは、俺からのお願い」 「お願い……」 また馬鹿の一つ覚えみたいにオウム返しする私を、タケは嗤わなかった。 「鏡みたいなもんだよ。莉緒ちゃんがアイツを苦手って思ってる限り、アイツも莉緒ちゃんのこと、多分認めない。アイツを認めて。そしたらきっと、返ってくるから」 気が付いたら、こくんと頷いていた。 それがタケが作る空気のせいなのかタケが放つ言葉の力なのかは、私にはよく分からなかった。 初めから、あの人は怖かったけれど――もしもタケが言うように、そういう先入観がなかったとしたら。 ユウくんは仕事には真面目だったし、社員さんからも他のバイト仲間からも信頼されている。 いいところが見つからないわけでは、ないのだ。 何故か彼がいつもみんなの中心にいることは認めざるを得ないし、そうさせるだけの何かを、きっと彼は持ってるんだろう。 私が最初から、見ようとしていなかっただけで。 「――ね、そろそろ着く? もう病院近いんだけど、こっちであってる?」 聞かれてハッとした。 道沿いに並ぶ民家の屋根の向こうに、もううちのマンションが見えている。 「あれ、あのマンション」 「そっか……もう着いちゃうね」 「え」 ドキッとしたのは、ちょっと残念そうに聞こえたからで。 ――多分そう聞こえたのは、私自身が、もう少しタケと話してたいと思ったからだ。
/335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

284人が本棚に入れています
本棚に追加