6月 降らなきゃいいのに

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「た、タケはタケでしょ」 慌てすぎて後ろに飛び退くような恰好になって、笑われた。 だってみんなタケって呼んでるし。 そもそもタケって、タケ……竹内。 竹内、何くんだ? バイト中は胸にネームプレートが付いてるし、フロアではさすがに周りも名字で呼ぶから、『タケ』は名前じゃなくて名字から取った愛称なんだってことくらいは知ってる。 けど、彼を名前で呼ぶ人なんかいないし今までフルネームは聞いたことがない……多分。 「酷いな莉緒、俺の名前知らないの?」 「う……ごめん」 っていうかタケに限らず、私はユウくんの下の名前の正式名称も知らないし、鮮魚コーナーのアツシに至っては売り場ではほとんど顔合わせないから名字も知らない。 なんて胸張って言えることでもないし、今ここで持ち出しても仕方のない話だから言わないけど。 タケの名前だけを知らないわけじゃないのに、そんなしゅんとした顔で『酷い』なんて言われると……もの凄く悪いコトした気になってきちゃうじゃない。 サアサアと雨の音が遠くに聞こえる外から切り離されたみたいなこの地下空間に、幸か不幸か、いるのは私たち2人だけだった。 湿度の高い薄明るい地下道内に、心なしか声が反響する。 「尚吾。竹内、尚吾」 この不思議な空間で彼が唱えた言葉は、何かの呪文のようだった。 次の瞬間、何かに操られたみたいに自分の口が、「しょうご」と彼の名前を反芻していた。
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