6月 降らなきゃいいのに

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ここにいる――レジインしている時には、普段は決して聞こえないはずの声が。 「接客中失礼します、急ぎの連絡です」 その人はそう言って、この状況でレジに割り込んできた。 「ピーマンのポップ悪戯されてて入れ替わってたんで、値段間違えて持ってくるお客さんいるかもしれないから説明して差し上げてください。交換用の商品ここに置いていきます」 分かっていて、わざと、なのか。 周囲のお客様にも聞こえるような大きな声で、一気にそう、説明しきった後に。 「あ、お客様。申し訳ありません、こっち198円なんですよ。158円はこちらなんですが、どう致しましょう?」 売り場の担当者として、堂々と。 クレームにもなり兼ねないポップ間違いなのに、198円のものを158円で売るつもりはないのだと、はっきりと主張した。 「ユ……」 お客様の前だということを一瞬忘れて、思わず名前で呼んでしまいそうになった言葉を飲み込んだ。 見計らったようなタイミングで現れたユウくんが、救世主みたいに見えた。 冷静さが戻って、周囲が見えるようになってくる。 店側のミスではなくて『悪戯されて』値札が違っていたと聞かされてしまったお客様の方はそれ以上強気には出られなかったのか、渋々といった顔で「じゃあこっちでいいわよ」と彼が持ってきた158円の方のピーマンをもぎ取った。 明らかに不服そうなそのお客様に、ユウくんは平然と営業スマイルを浮かべて言う。 「ありがとうございます。新鮮なの選んでおきましたので」
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