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「オレに触るな!」
沙和子が診察室に走ると、シャツのボタンが外され胸元がはだけた状態の類が部屋の真ん中に立っていた。
近くには、驚いたように類を見つめて立ち尽くす当直の若い医師と、突き飛ばされたのか床に尻餅をついて、訳がわからないといった顔で類を見上げる看護師がいた。
「ど、どうしたんですかっ」
沙和子が驚いて類の腕を掴むと、類は反射的に沙和子の手を払った。
青い顔をして、呼吸も荒い。
「触んな」
そう言うと、よろよろと壁に手を付きながら診察室を出ていこうとする。
「待って!」
沙和子がシャツの袖を掴んで引っ張った拍子に首もとが後ろにずれて、類の肩と背中が少しだけ見えた。
その瞬間、沙和子の動きが止まった。
「触んな、気持ち悪い。…やめて…」
類は沙和子の手を振り払うと、おぼつかない足取りのまま病院の外へ続くドアに向かって歩いていってしまった。
「なんなの、あの人。ちょっとあなた、大丈夫?」
沙和子の隣には先ほど尻餅をついていた看護師が立っていた。ふらふらと出ていく類の後ろ姿を怪訝な顔で見つめている。
「服のボタンを外して心音の確認しようとしただけなんですよ。胸の後、背中を出そうとしたら突然…」
「…」
沙和子は慌てながらも、診察室の中に入って、若い医師に頭を下げた。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした!」
医師は驚きを隠せない顔で沙和子を見つめていたが、呼び止められても面倒だったので、籠の中に入っていた類の上着を掴むと、走って類を追いかけた。
熱のせいでふらふらと歩いている類に追い付くのは簡単だったが、沙和子はまた手を振り払われそうで、後ろからついていくことしかできない。
先ほど見えた類の肩には、背中まで続く無数の傷痕があった。
刃物で切ったような痕は所々皮膚が窪んでおり、場所によっては薄茶色に膨らんでいた。
最近できた傷ではなさそうだったが、沙和子の動きを止めるには十分な痛々しさだった。
類は病院の敷地を出ると、塀に寄りかかりずるずると腰を下ろした。
「類さん…」
「気安く、呼ぶな」
沙和子を見上げて睨み付ける。
あっちへ行け、と言っているような顔だ。
普段の類からは想像できない様子に沙和子は怯む。
類が簡単に自分の心の内を見せるような人間ではない事は沙和子もなんとなくわかっていたが、ここまで他人を拒絶する所は見たことがない。
目の前の類は、怯えているようにすら見えた。
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