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近付けばまた逃げられそうで、沙和子は少し距離をとったまま静かに類に話しかけた。
「何もしないです。あなたに触ったりもしません」
類は曲げている左膝に顔を埋めて、沙和子を見ようとしない。
沙和子はゆっくりと近付いて、類の前に両膝をついた。
「こっち、見てください」
「…」
少しの沈黙の後、類はゆっくりと顔を上げた。
「私のこと、わかりますか?」
沙和子がそう訊くと、類はまた俯いた。
大きく息を吐く。
「…わかるってば」
沙和子はほっと胸を撫で下ろす。どうやら少しずつ落ち着いてきたようだ。
「…寒いから、上着着てください」
沙和子が類の上着を肩にかけても、類は黙って動かなかった。
シャツのボタンが外れていたので直したかったが、触れるわけにもいかない。
どうしたらいいのかわからず俯く類を見つめていると、沙和子のバッグの中から着信音が聞こえた。
哲司だった。
慌てた沙和子は、バッグの中にスマートフォンを放り込んだままだった。
『今、そっち向かってるから。10分くらいで着く』
「…ありがとうございます」
哲司の声を聞いて、沙和子は少し安心する。
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