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数コールほどの時間が流れ、虎は開口一番、「おれ」と受話口に言った。
「こんな時間にごめん。寝てた?」
と、続く言葉もずいぶん砕けた口調だが、〈ごめん〉だって! 虎の口から相手を気遣う言葉が飛び出して、俺は開いた口がふさがらない。「うん……元気だよ。そうだね、ごめん」
しかも二連続だ。思わず空を仰ぐ。よかった。今のところは槍が降ってくる気配はない。
「いや、頼みがあって……まあ、そうなんだけど……やだ。嫌だよ。嫌だって」嫌が三段活用じみて、心底参り果てた顔で呟く。「金払うから……むしろ金払わせて頼むから。や、違うって、そうじゃないって、だから……わかったよ。ちょっと待って」
こんな虎みたことないずくめに、嘲笑を通り越してどん引きしていると、ふいに虎が端末を耳から離して、俺たちを手招きした。
もといた場所も不良の輪からじゅうぶん離れていたが、繋がれたまま置き去りにされるんじゃなかろうかというような不安の眼差しが痛いくらいの距離をとって、端末を操作した。
「はい、いいよ」と虎は、端末を地面に置いて、その場にしゃがんだ。
『もしもし、ユッキー?』と端末。『どうも、ニャンちゃんがお世話になってますー、はじめまして、たっしーです』
だれだ。固有人名っぽい部分、全部だれだ。
戸惑って虎を見やれば、すっと目を逸らされた。
『あれ? ユッキーいないの? ニャンちゃん、ユッキーは?』
「……いるよ、ここに」と、虎が遠い目をして言った。
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