第二話

84/176
前へ
/186ページ
次へ
 たとえば、そこに千円でも札が入っていれば、冗談まじりに笑い飛ばせたが十五円は笑えない。そのまま民宿に着いたときも、車の前で立ちすくんでいる楓を手招きしても、半人前の追加料金でなんとかならないか民宿のばあさんを説得しているときも、おずおずついてくる楓を部屋に入れたときすら、さすがの虎もなにも言えないようだった。……いや、正確には、 「貸しイチだからな。きっちり返せよ」  と、やっと飢餓から救われた子供みたいな顔でハムカツサンドにかぶりつく楓からわかりやすく目を逸らして、隣に座る俺にしか聞こえない声で口の中でボソリとつぶやいていた。ここまでして言うって、もしや文句を言うのがこいつの義務なのか? もしくは文句を言わなきゃいけない呪いにかかっているのか?  どちらにせよ、握り飯の包みを乱暴に引き取って、「海苔が切れたからいらない」と、海苔の端を包みに残した握り飯を俺に突きつけるこいつが、 「俺も弁当だけで充分なんだが……これ、腹減らし怪獣にやってもいいか」 「知るか。おれはいらない」  読書しながら、しおり代わりの狼やらキリンやらを片手で折るほど器用なこいつが、握り飯の海苔ごときを破ったんだから、そういうことなんだろう。 「なんだよ。なんかおかしいか」 「いいや、べつに」 「じゃあ、そのニヤケ面なんとかしろよ。殺意が湧く」 「もともとこういう顔なんだよ。ところで、アイスもそんなに食えないんじゃないの」 「食えなかったらなんだよ! 雪が食えばいいだろ!」 「俺だってそんなにいらないし」  そもそも、いつもは絶対にくれないくせに。 「じゃあ捨てろよ!」 「捨てるくらいだったら、楓にやってもいいか?」 「いちいち聞くなよ! 好きにしろよ!」  カップアイスを三つ、虎が押しのけるように楓の前に差し出すと、楓が「いいの?」というように俺を見た。うなずいてやると、楓はうつむいて、「ありがとう」と恥ずかしそうにつぶやいた。
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!

201人が本棚に入れています
本棚に追加