第三節

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 青年は腕を横一線に振り抜いた体勢を戻し、その純白の鞘に収まったままで振り抜かれた剣を持ち直して、まるで杖や長柄の武器でも扱うように手のひらの中で回した。  そして鞘の丁度真ん中の位置に手を持ってきて、それを胸の前で構える。  弾かれ、地面に散り散りになって叩きつけられる獣達は、素早く身を起こして警戒態勢に入った。  余りに唐突な乱入と攻撃だった為にその陣は崩れてはいるものの、その目はまだ捕食者の光を失っていない。  青年は前髪の奥に光る青い瞳を細め、互いに牽制しあうかのように獣達と睨み合った。  身を低くして様子を窺う獣達と、微動だにせず構える青年。  他の獣達も、そのただならない空気を本能的に悟ったのか、住民を追う足を止めて、青年の方へ視線を向ける。  これを機に集落の人々は自身の家や納屋代わりに使っている小屋へ身を潜め、青年が助けた親子も、足を痛めた母を子どもが懸命に支えながら、どうにか避難を果たしていた。  何時しか辺りは夕暮れから夜を迎え、闇の中で無数の赤い瞳の群が青年をグルリと囲んでいた。  ……………。  …―  それは微かな、静寂が支配する今この瞬間でしか聞き取ることの出来ないであろう、本当に小さな音だった。  誰かが僅かに身じろぎした拍子にどこかへ身体の一部を当ててしまったのだろう。  そんな、誰が発てたかも定かでない小さな小さなその音を合図に、その無数の赤い瞳の群達が一斉に青年との間合いを詰めるように駆けだした。  その様は文字通り四方八方から、地を駆け足を狙うモノ、飛びかかり腕を狙うモノ、その更に上へ跳躍し頭を狙うモノ、上下左右前後、その全てからほぼ同時に青年へと迫る獣達の牙。  それはまるで嵐のような激しさで、まるで波濤のような無情さで青年の身体を飲み込んだ。  住民の誰しもが息を飲む。  しかしそれは次の瞬間、絶望から驚嘆のモノへと変わった。  ――――――――!!!!  一塊となっていた獣達が、無音の一閃の後にやってきた衝撃によって一斉に吹き飛び、地面や木や住民が避難した小屋の壁に叩きつけられる。  その衝撃の中心にて、青年は全くの無傷で剣を振り抜いた体勢でいた。  抜き身の剣が闇夜に光り、そして、黒一色だった筈の青年の姿は、白いロングコートに包まれたモノへと変わっていた。
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