第四節

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 ―――……!  ――……!  ―……!  それは、唐突に響いた。  大きな大きな足音だった。 「…っはぁ! どうやらおいでなすったようだぜぇオィ!」  ザンナの口元にはいつの間にか笑みが戻っていた。  そして視線を自分の後方へと向け、遠くに光る月を背負うかのようにして此方へ近付く巨大な影に、口元に描いた弧を更に吊り上げた。 「……っ!?」 「な……に、アレ…!」  青年は下げていた剣を構え直し、クーは思わず息を呑んだ。  ォォオオオオオオ――!!!!  ザンナの隣にて止まり、同時に張り上げたその遠吠えは空気を震わせた。  消して小さくはないザンナが小柄に見える程の巨躯に、夜に栄える銀色の体毛、その双眸に宿る煌々と光る赤い瞳は、真っ直ぐ青年達を捉えている。 「ヴォルフ…なの…!? 大きすぎる…!」  クーの言葉に、ザンナは軽く上げた右手の指を左右に振った。 「おじょーちゃん、コイツはただのヴォルフじゃねぇのよ…! 百年に一匹とも言われる希少種、その名も"ケーニッヒ・ヴォルフ"!! テメェ等死んだぜ、もう誰も助からねぇ!!」  ザンナは言い切って、そして高らかに笑った。  壊れたように、狂ったように、空を仰いで笑った。  クーはその声に眉を吊り上げたが、その目にはどこか気圧されたかのような色が滲み出ていた。  ……―。 「―…ぁん?」  ザンナの笑いが止まった。  空を見上げたまま、目だけを向けたその先に、一歩一歩静かに歩み寄る青年を捉えたのだ。 「…ォイオイオイ…。マジかよテメェ、まぁだそんな余裕ぶっこく気かよ…」  ザンナは呆れた声を上げる。  だが青年は、その声に全く反応を示さず、一歩、そしてまた一歩と、その巨大な獣へと向かっていった。  それが彼の気に障ったようで、ザンナは舌打ちを一つ打って跳躍し、その巨大な獣の背に跨がると、もう一度口元を笑みで歪めた。 「まぁ良いや…まずはテメェからだ死神さんよぉ。…引き裂いてやれ! バラバラになぁ!!!!」  ザンナの言葉に、獣はその巨体を一瞬縮め、そして青年へと突っ込んでいった。  それは弾丸のような勢いで一気に青年との距離を詰め、クーが青年へ声を上げるよりも先に、獣の口は青年の頭を飲み込む寸前にまで迫っていた…。  夜空に、赤い飛沫が飛んだ。
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