第二節

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 青年が初めて剣を手にしたのは、もう十年も前になる。  十年前、ある異種間の戦争の渦中、とある小さな集落が一夜を待たずして世界から消えた。  いや、正確には"消された"。  木造の民家は全て炭と灰に変わり、人も家畜も草木さえも、一緒くたに斬り捨てられた。  その消された集落の片隅、遠の昔に枯れ果てた井戸の中に、当時九つになったばかりの少年だった彼は居た。  集落が消される前夜のこと、少年は小さな悪戯をした。  なに、語るにも値しない小さな小さな悪戯さ。  それに対する両親の対応ってのも、まぁ決まっていた。  少年の両親は、村の外れにポツンと佇む大人一人がすっぽり頭まで収まる深さの枯れ井戸に少年を落とした。  そしてきっかり一晩、少年は自分のした小さな悪戯を反省をさせられる。  集落で生まれ育った人間なら誰しもが一度や二度体感している、微笑ましい伝統の一つ。  ……それがなんの因果かあるいは皮肉か、少年は、その伝統により命を拾い、そして、代わりに自分以外の全てを失った。  語るにも値しない小さな悪戯に対する、筆舌し難いあまりに大きすぎた代償。  少年が最後に見たのは、血だらけになって自分のいる枯れ井戸に縄梯子を投げ下ろす父親だった。  縄梯子と同時に落ちてきた父親の鮮血に、少年はショックのあまり気絶した…。  次に意識が戻った時、少年はどこで拾ったかわからない鉄剣を引きずって、変わり果てた集落の真ん中に立っていた。  やがて雨が振り、轟音と共に地面を叩く土砂降りの中、少年は生まれて初めて大声で泣き叫んだ…。  もうこの世に存在しない、友達や住人、そして家族の名を叫びながら…。
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