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「なんでそんなことを?」
「なんでだろうな、わからんよ。広めたくなったのさ。この辺一帯砂漠になったら気持ちよさそうだなってね」
そうして彼女はへらへら笑う。空中を舞う砂粒のの流れが微かに乱れ、またすぐに元に戻ってしまった。
「お前、普通じゃないな」
俺が指摘すると、彼女は目を瞬いて、それからまたにやりとする。
「そんなの、わかっていたんじゃないのか? 高校生のときからさ」
そうかもしれない、俺もそうだったのだから。とはいえ、そんな返答は心で思うだけにして、やるせない吐息だけを返しておいた。
「で、だ。話は進むのだが、私はやれることならこの街を、国を、世界を砂漠にしてやりたい。この力はな、私が思っていることを実現させてくれる究極の力なんだ。できないことはない。やがては世界を滅ぼすだろう」
目を爛々とさせながら大きな夢を語る彼女に、俺はかける言葉が見つからなかった。
「君は、どうする? 一緒にいたいか?」
ようやく目を向けられたものの、俺の動揺が顔の筋を引きつらせた。返答を考えるのにこれほど苦労するのは人生で初めての体験だった。
「……やめようぜ。こんなの、まるっきり悪役のすることじゃねえか」
「答えになってないな」
ぴしゃりと言い放つ彼女の顔からはすでに笑みが消えていた。漆のようにまっ黒な瞳に、人間的な感情は見えず、死に際に足掻き暴れる魚のような獰猛さだけを携えていた。俺には彼女の期待は重すぎた。肯定も否定もできず、冷や汗をかいて黙りこくるしかなかった。
ややあって、彼女が目を伏せ口を開く。
「そうか、残念だ。もういいよ、私と誰かの関係なんて、もう必要ないってことなのだな」
言い放つ、その言葉によって、ようやく彼女の真意がみえた。
違う、と俺は叫ぼうとした。言葉が一挙に喉の奥までせり上がり、押し出されようとした。だけど、気付けば彼女の姿は消えていて、言葉は行き先を見失い、飲み込まれてしまった。
こうして彼女はまた消えた。砂漠に浮かぶ蜃気楼のように。
* * *
失意ばかりが胸に広がっていた。息苦しさと、吐き気が、徐々に肥大してくる。どうやって帰宅したのかほとんど覚えていなかった。頭の中は彼女でいっぱいで、その全てが俺を責め立てていた。
アパートに戻ると、ちょうど大家さんと鉢合わせした。
「げっ、葉山くん!」
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