砂丘に花が咲くように

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 ふとした閃きが、俺を駆り立てる。床下収納を開き、糠味噌を掴みだす。するとそのとき、外から猛烈な轟音が聞えてきた。砂嵐は益々威力を強めているようだ。人々の残した痕跡を、跡形もなく消し去るために。  俺は糠味噌を下腹部に押し当て、必死に抱え込んで耐えた。どんな音や振動が伝わってきても、決して動こうとすることなく。  目を閉じ、動かなくなり、時間が過ぎていった。一際大きな音が響いて、空気が流れるのを感じた。屋根が飛んだのだろうか。だとすれば、もう、長くは持たない。      *     *     *  俺が目を覚ましたのは、いつのことだったのか、はっきりとはわからない。見当たるところには時計どころか、壁も、何も無かった。外の砂の上に、俺は寝転がっていた。太陽は高く上っているので、お昼付近であることがかろうじて認識できた。  上半身を起こして、もう少しよく周りの状況を確認しようとする。口に入った砂を数回吐きだして、前を見据える。  どこをどう見ても、砂しかなかった。  動かした右腕が、こつんと何かに当たる。見ると、砂に半分埋もれた容器があった。あの糠味噌だ。俺は慌てて腰を入れ、それを取り出す。側面にこびりついた砂がさらさらと下に落下していく。  恐る恐る蓋を開いてみたが、砂は入りこんでいない。幸い蓋の部分が埋もれていなかったので、浸食されなかったのだろう。安堵した俺は、肩を落として、それから立ち上がる。  糠味噌の容器は、それほど大きくない。家庭用の小さなもので、胸の上に抱え込める程度の白い陶器の壺を、俺は持ち上げる。重さも大したことはない。体力に自信はないが、激しく動くわけでもないので平気だろう。  こうして、俺は歩くことにした。彼女を探すために。  からっ風が吹き付け、砂粒が頬に当たる。日差しも赤々と地面を照らす。冬であったのが幸いした。夏だったら、熱量が尋常ではなかっただろう。  土地勘も何も無かった。目印はない。砂の山があるだけだ。時折街の残骸の、鉄骨や看板が目に入ったが、とても場所を特定できる代物ではなかった。  そこにおいては、世界は滅んでいた。  しかし、諦めてなどいない。俺は緩めることなく一歩一歩踏みしめた。
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