砂丘に花が咲くように

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 歩いているとときおり湿った場所にも遭遇した。おそらく埋もれる前は水源とか、潤いのある場所だったのだろう。よく見れば、草花だって僅かに残っている。砂に晒されても、芯はまだ折れていなかった。  そうした場所で砂をかきわけると、水にありつけた。汚さとか気にしている暇もなく、飲む。束の間の癒しが訪れる。  彼女の能力では、本格的な砂漠化ではないのだろう。おそらく、まだ。 「へへ、これは砂漠じゃない。砂丘に過ぎない。なんてね」  彼女は十分浮世離れしている。でもまだ決定的じゃない。錯覚のような安堵が、俺を奮い立たせた。  時計が無いと、時間の流れは遅く感じる。明確に道筋がわからないので、なおさらだ。ただ、徐々に赤みを帯びる陽光に晒されることでのみ、時間の過ぎゆくのを感じた。  適度に休みは取っていた。時折見かけるビルの残骸の陰に隠れたり、水気のある場所に腰をおろしたり。それでも、疲労は蓄積されていった。 「ああ、もう。さっき休んだばかりだと思うんだけどな」  瓦礫の山を見つけ、日差しを遮る場所に上手く入り込んで、俺はぼやいた。汗を拭って、顔を振る。焦っちゃだめだ。焦ってもいいことなんてない。どうせほとんど絶望的なのだ。急いだところで何ができるわけでもない。そう、心に言い聞かせる。いきり立つ気持ちは静まったが、代わりに虚しさが大挙して押し寄せてくる。自分の行いが、全くの無駄で終わってしまうことの恐怖。 「ええい!」  一声叫んで、それから立ち上がる。  どうせこんな場所じゃ長く生きてなどいられない。だったら力尽きるまで歩こう。足元に置いた糠味噌に手を伸ばしたとき、一陣の風を感じて、目を細めた。 「…………え?」  そう、不思議そうな声を出したのは、風の中に一枚の白い花弁を見受けたからであった。  遠くからでも、彼女の姿はよく見えた。服の裾から覗く白い肌が、日差しに照っていたからだ。  彼女がいた。屈みこんで花を見ていた。真っ白な花弁を有する花。あいにく俺はその名前に疎い。だけど、先程風に流れてきた花弁がその花のものであることはすぐにわかった。砂丘の花はそれだけ貴重な存在だった。  彼女は花を右手で触っていることに、俺は遅れて気がついた。水気を吸い取る右手は、花を枯らせていないでいる。  俺はその光景を見て、一つ確信が生まれた。
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