砂丘に花が咲くように

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「ふむ……君は相変わらず覇気が無いな。  私がこれだけ世界にありふれたまだ見ぬ知識と、それを抱え込めない有限の時間との、埋めきれない差に嘆いているというのに」  その日の彼女は明らかに熱中していた。それまでもそれからも、彼女がそこまで興奮する様を見たことはなかった。どうもその「まだ見ぬ知識と有限の時間」の悩みで嘆いていたこと自体は本当だったようだ。彼女は唸ったのち、何事かを閃いた様子で指をピンと一本突き立てた。 「そうだ、葉山くん。君、私の代わりにいくつか経験をしてくれないか?そしてそれをレポートにするんだ。そうすればいくらか知識を得られる」 「ええ、巻き込む気かよ」 「まあまあ、簡単な奴でいいからさ。今気になっているもののリスト、ここにメモしてあるから」  彼女は携帯の画面を俺に着きつける。見ると多種多様な言葉が羅列されていた。確かにそれらの言葉を聞いたことはある。けど、実物を見たことのないもの、やったことのないこと、そんなものばかりだった。 「さあ選べ。葉山くん」 「へーへー、わかったよ。んー」  嫌がりながらも断れなかったのは、長期休みが近いために余裕が合ったからだ。碌な友達もいなかったので彼女の気まぐれに付き合うことができただけにすぎない。 それに彼女と触れ合っている時間は、それほど悪いと思っていない。そこまで意識していたわけじゃないが、彼女が異性であることは間違いなかった。一介の高校生として、異性との交遊が嬉しくないなんてことはない。同性愛者か機能不全でない限り。 「それじゃこの『糠味噌漬け』で」 「よし、ありがとう。ちゃんと自分の手でかきまぜてくれよ。菌の繁殖具合から食材の味までな」 「わかったよ。ちょうどばあちゃんちにあるから、休み中にいろいろやってみるわ」  俺は適当に返答したのだが、彼女は心底うれしそうにガッツポーズをしていた。振るわれる腕の、陶器のような白い肌を俺はぼんやりと眺めていた。 「陶器」  と、彼女が口に出すものだから、俺は「え?」と言って彼女を見つめた。 「次に私がやるものを選ぼうと思ってな。今一番、自分の中で陶器が熱いんだ」 「あ、ああ。なるほど」  俺の動揺は気にせずに、彼女は胸をたたいてにっこり笑った。 「真っ白い陶器を作ってやるさ。できたらお前にあげるよ」
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