砂丘に花が咲くように

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 場面が再度代わり、ひげを蓄えた丸っこい専門家が表れる。昼間に収録した映像の再放送だ。 『コンクリートの成分、セメントとか、用いた砂利とかが、砂地から発見されまして。ええ、そうです、それらは“砂になっていた”んです。そもそも“砂”というのは具体的定義があるわけじゃないですからね。物体が一定の大きさに細切れになったのを砂と呼んでいるんですよ』  専門家は両手を動かして山を何度も作り出し、堆積を表現していた。 『――大まかに言ってしまえば、あの砂が自然と溜まれば砂丘となります。それがもっと根深くなり、水分さえも寄せ付けないものとなって地域的影響を及ぼせば、砂漠となります。もしかしたら、これは日本の砂漠化の前触れなのかもしれません。いやはや、なんとも考えにくいことですが――』  それから専門家は、長々と砂漠化の危険を話していたようだが、VTRは中断されてしまった。音のない口の動きだけ僅かに残り、場面がスタジオに戻る。  コメンテーターが何事か話し始めても、俺の頭の中には先程専門家の話で出てきた砂丘と砂漠の話がじんじんと響いていた。何か引っかかる、そう思って悩んだ結果、ようやく過去のあの出来事を思い出した。  彼女と最後に会った日、彼女は砂丘と砂漠の違いを説明していたのである。ちょうどさっきの専門家と同じように。  砂漠に焦がれているといい、それを言い残して姿を消した彼女。ただの引っ越しと言っていたが、その引っ越し先は確か、この街の―― 「何を考えているんだ、俺は」  彼女が関係するわけがない、俺はそう思って、頭に浮かんだ妄想を一蹴した。テレビを無視して、糠漬けをしまい、さっさと支度を済ませて眠ってしまうことにした。脳裏に浮かぶ彼女の姿は、なぜだか急にその影を濃くし、しつこく俺につきまとってきていた。  専門家の懸念は当たった。砂漠化は日に日に進行したのである。騒ぎは某県ばかりに収まらず、他県、全国、そして世界へと発信されていった。  様々な憶測を述べる人たちが現れた。ただのでまかせという説から、地軸の乱れ、地震の前触れ、海底の運動、宇宙人からのメッセージ本当に好き勝手言いやがった。  砂漠化に関する特集も様々なメディアで行われ、危機感を煽りに煽って人々を震え上がらせた。砂漠というものに恐怖を抱く人が現れ、砂を連想させるワードがタブーとなり、『東京砂漠』が発禁となった。
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