砂丘に花が咲くように

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 もしかしたら、彼女はこの街にまだ暮らしているかもしれない。連絡先も知らないけど、暮らしていたらまた出会えるかもしれない。そんな直感が俺をここに居座らせたいと思わせた。今までは気にしなかったのに、気にしだした途端にやっかいな執念を生ませてしまったのだ。  街が枯れ果ててから、急に散歩が趣味になった。彼女に会えるかも知れないという淡い期待が彼を突き動かしていたのである。今日もまた、その散歩から帰ってきたところだ。いつの間にやら、いささか体力もついてきて、日に日に行動距離が延びていた。どうしても出ていかなきゃならないと言われるまで居座ってやる、そんな豪胆さも抱くようになっていた。  荷物を整理し、再び糠漬けを弄ろうとしたとき、玄関で物音がした。どうやら郵便らしく、ポストを動かす音がする。気になったので、糠漬けはまた元に戻し、玄関へと足を進めた。  郵便受けを確認すると、真新しい封筒があった。室内に入り、封筒を破る。丁寧に折りたたまれた手紙を、ぐいっと広げた。 「……え?」  書いてあったのは、簡易な地図。それ以外のヒントが書いてなくて、反応に困ってしまった。もっとヒントはないだろうか、そういう思いで封筒の中を覗く。果たして、それはあった。 「あ」  手のひらを広げ、その上に封筒を逆さにして中身を出す。白い小さな欠片が、ころんと転がった。 「……陶器の破片?」  ぴしりと、音が鳴った気がした。記憶が再び蘇る。彼女の最後の言葉。  真っ白い陶器をお前にやる、と。      *     *     *  指定された場所は、思いのほか俺が通っている大学に近い、丘の上だった。まだ誰もいなかったので、とぼとぼと歩いて眼下の街を見下ろした。大学、商店街、住宅街、何もかもが寂れている。  そう見えるのは、砂漠化地帯から飛来する砂のせいでもあるのだろう。目線を動かせばすぐにその拡大する砂の山が見えてくる。国立公園から広まったその現象は、道路もビルも押しつぶし、今や街の一角にまで広がっていた。  人類の文明が衰退する未来予想図を一挙に見せられた気分になった。決していい気持ちのするものじゃない。ひどい草臥れを含んだ溜息が毀れたとき、背後で音がして、俺は顔を向けた。 「…………やっぱり、そうなのか」 「うん」
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