一週目『暗がりのキス』

2/32
前へ
/147ページ
次へ
あるポーズのまま、シャム猫のような気品さを持つ彼女は止まっていた。 車のフロントウィンドウから見える大橋は、恋人達の憩いのスポットとして人気の橋。今しがた、二人で歩いてきた。 午後19時を過ぎ、遠くのライトを見つめていた時。ふと気配が、空気が変わった気がしたんだ。 彼女のその仕草。 艶のあるルージュが明かりに反射する。 目を閉じ、少しあごを上に向けるその姿勢。 キスを待っている乙女の表情だった。 クルマの中で見る彼女の顔は、どう見ても41歳には見えない。 20歳前後のお嬢様にしか、見えない。 僕の心臓は生まれて初めてのドキドキに、耐え切れなさそうだった。 彼女は薄目で僕を見て、そしてイジワルに笑ったんだ。 「シタく……ないの?やっぱり、魅力を感じない……?」 しばしの静寂が、車内を包み込んだ。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

126人が本棚に入れています
本棚に追加