プロローグ

2/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
薄暗い闇の中に、いくつもの灯が浮かんだ。 それらはせわしなく動きまわり、やがてその一つ一つが四方に分かれていく。 そして、灯が動く毎に、重い金属同士の擦れる耳障りな音が鳴った。それに加え、周りの鬱蒼たる叢を薙ぐ音も混じっている。 そんな中で、一つの人影が、先程の多くの灯に取り囲まれて浮き彫りとなった。 壮年の男。黒い鎧を身に付け、腰には大柄な剣を帯びている。しかしながら、最も特徴的なのは、皺よりも一層深く刻まれた、左のこめかみの古傷である。 「奴は見つけたのか?」 「いえ、未だ発見できません。おそらく、既に森の外へ逃れたのでは?」 松明を持った兵士の内の一人が答えた。 男はしばらく沈黙し、考え込む仕草をする。 そして、再び口を開いた。 「奴はまだこの森に潜んでいる筈だ。必ずや探し出せ。」 「承知しました。」 兵士達は即座に森の中へ散って行った。 暗闇に一人残された男もまた、ゆっくりと歩き始め、奥の方へと姿を消した。漆黒と沈黙とが、その場所を覆う。 と、その時、木の側から一つの人影が飛び出した。 その人影は木々の間を素早く駆け抜けて、やがて仄かな月光が差す野原へとたどり着いた。 月光に照らし出されたのは、女だった。 翡翠色の瞳に、整った顔立ちと、透き通るような白い肌。そして、貴族階級の服装をし、申し訳程度の細身の剣を帯びている。 女は、注意深く周りを見回しながら、最早追っ手の姿が無いことを確認すると、安堵の溜め息をもらした。 「(私は…私はまだ捕まるわけにはいかない。なんとしても、逃げ延びなくては。)」 そう頭の中で思うものの、彼女の体は限界に達しようとしていた。長時間逃げ続けた為に足は悲鳴を上げ、息は荒く、呼吸をする度に夜の冷気が彼女の肺を痛めつけた。 苦悶の表情を浮かべながら、なおも彼女は重たい四肢を引きずって、前へと進む。 「(…父上亡き後、領地の大半を王に取り上げられ、その飼い犬である横柄で薄汚い貴族どもがそこを牛耳った。かつての父上の領民達は重税と駆り出しで貧困にあえぐ始末…。そして最後に残るのは、私の領地と、私の仲間達についての情報。最後に、私の命…)」 彼女はきゅっと唇を噛み締め、その瞳からはじわりと涙が滲む。だが、はっとして頭を横に振ると、一変、何かを決意したかのような、鋭い目つきとなった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!