275人が本棚に入れています
本棚に追加
/563ページ
「お願い、もう少しゆっくり歩いて」
そう言って前を歩く青年を引き止めたのは、真夜中に浮かぶ雲のような銀色の髪をたずさえた少女であった。
銀色の目は大きく愛らしいが、疲れた様子で曇っている。
「ああ、速いか。悪かった……」
青年は答えながら無造作に頭をさわり、黒くて硬そうな髪をかき分けてボリボリとかくと、
まだ十二歳だという少女には酷な行軍だったと気がつき、速度を落とした。
「疲れたのかい」
尋ねながら横に並び、
今度は少女の頭をわしゃわしゃと撫でて、安心させるように笑う。
「もう少し行ったら町が見える。そこで宿をとろう、そこで出してくれる煮込みは最高に美味いからさ。元気だせよ」
灰色の服を着こんだ青年は、
遠くから見ると、まるで立ち上がったオオカミのように見える。
けれど、
一見してきりりと引き締まった顔は、笑うとどこか間の抜けた表情で頼りなく、
なんだかロバみたい、
と少女は心の中で思っていた。
「元気はあるわ。ご心配なく」
「そうかい、お姫さま」
「やめて、バーミー。聞かれているかもしれないのよ」
ぱっ、と振り返りながら立ち止まった少女は、
手にしている三角屋根のついたガラス製のカンテラを抱きしめた。
後ろには、歩いてきた一本道がうねりながら続いているだけで、
ついてくる者も、木の陰にも、誰もいない。
二人が黙ってしまうとずいぶん静かで、
巣に帰ってゆく鳥の声が、どこか遠くのほうから聞こえてくるだけだった。
まだ日が暮れ始めたばかりの時刻。
少女の抱きしめた明かりは街道では目立たず、
そもそも今はまだ、足元を照らす必要もない。
しかしそれは、常に乱れのない均一な光を煌々と放っている。
「イライラするなよ」
再び力強い足取りで歩き始めたものの、明らかに機嫌が悪くなった少女を追いかけながら、
バーミーと呼ばれた青年は面倒くさそうに、背負っている剣のベルトを引き締めた。
最初のコメントを投稿しよう!