第一話 『騎士』

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「お願い、もう少しゆっくり歩いて」 そう言って前を歩く青年を引き止めたのは、真夜中に浮かぶ雲のような銀色の髪をたずさえた少女であった。 銀色の目は大きく愛らしいが、疲れた様子で曇っている。 「ああ、速いか。悪かった……」 青年は答えながら無造作に頭をさわり、黒くて硬そうな髪をかき分けてボリボリとかくと、 まだ十二歳だという少女には酷な行軍だったと気がつき、速度を落とした。 「疲れたのかい」 尋ねながら横に並び、 今度は少女の頭をわしゃわしゃと撫でて、安心させるように笑う。 「もう少し行ったら町が見える。そこで宿をとろう、そこで出してくれる煮込みは最高に美味いからさ。元気だせよ」 灰色の服を着こんだ青年は、 遠くから見ると、まるで立ち上がったオオカミのように見える。 けれど、 一見してきりりと引き締まった顔は、笑うとどこか間の抜けた表情で頼りなく、 なんだかロバみたい、 と少女は心の中で思っていた。 「元気はあるわ。ご心配なく」 「そうかい、お姫さま」 「やめて、バーミー。聞かれているかもしれないのよ」 ぱっ、と振り返りながら立ち止まった少女は、 手にしている三角屋根のついたガラス製のカンテラを抱きしめた。 後ろには、歩いてきた一本道がうねりながら続いているだけで、 ついてくる者も、木の陰にも、誰もいない。 二人が黙ってしまうとずいぶん静かで、 巣に帰ってゆく鳥の声が、どこか遠くのほうから聞こえてくるだけだった。 まだ日が暮れ始めたばかりの時刻。 少女の抱きしめた明かりは街道では目立たず、 そもそも今はまだ、足元を照らす必要もない。 しかしそれは、常に乱れのない均一な光を煌々と放っている。 「イライラするなよ」 再び力強い足取りで歩き始めたものの、明らかに機嫌が悪くなった少女を追いかけながら、 バーミーと呼ばれた青年は面倒くさそうに、背負っている剣のベルトを引き締めた。
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