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 6月上旬。  東の某地域はどんよりとした灰色の厚い雲に覆われている。  降りそうで降らない蒸した鬱陶しい空気をものともせず、赤みがかった茶髪の青年が駆ける。立花洋祐は学校帰りに図書館に来るよう指示されていた。 「師匠! 緊急の用事ってなんですか!?」 「立花。君、前回の中間テスト赤点ぎりぎりだっただろう? 期末テストの勉強、ちょっと早いけど始めよう」  図書館の一画。  立花を待ち構えていた雪村圭壱が、鞄の中から全科目の教科書とノートを取り出す。  途端、飼い主に呼ばれ喜び勇んで駆け付けた大型犬のように明るい表情だった立花が、外の曇天のごとく表情を曇らせた。 「……ちょっとどころじゃないくらい、早くないすか?」 「だって、テスト週間に入ってからやっても手遅れだろう? 今からこつこつやれば、平均点は取れるよ。さぁ、座って」  騒がしく駆け込むなり不得手な勉強からそろそろと後退る立花に、雪村は有無を言わさぬ笑顔で座ることを促す。確かに笑んでいるのだが、冴え冴えとしてどこか怖い。 「……ハイ」  雪村の目が本気で怒りに染まれば、立花は瞬時に凍死。立花は諦めて椅子に腰を下ろす。
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