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ダァン……
鈍い音が響き渡った次の瞬間、1人の男性が地に倒れていた。
20代半ばのその男性は仰向けに倒れたまま、全身を突き刺す痛みに呻き声を上げている。
だが、男性の周りに人気はなく、その声に気付くものはない。
男性の頭から流れ出る大量の血液が水たまりを作り、男性の焦茶色の髪をも赤く染めていく。
うっすら開けている目に映るのは、曇った空。しかしその空も、傍らの白い建物のせいで、半分ほどしか見えなかった。
男性は精一杯の力を振り絞り、頭を上げて周りを見渡した。
せわしく動いていた目が、右脇に転がっているものを捉えた瞬間、ぴたりと動きを止める。
その視線の先には、同じように地に伏せて倒れている男。
随分歳をとっており、白髪混じりの髪が風に揺られてる。その男は既に息を引き取っているようだ。全く動く気配はなかった。
――あぁ、あの人はもう死んだんだ。
心の中でそう呟くと、目を細め、再び頭を戻して天を仰いだ。
その時、曇り空から無数の白い塊がハラハラと落ちてくるのが見えた。
……雪。今年初めての雪だ。
まるで天使の羽のように、優しく舞い落ちる白の結晶。男性は焦点の合わない目で、ただ空を見つめていた。
――オレも、死ぬんだろうか?
……いや、まだ死ねない。
まだ……オレは……
男性は離れていく生の光を掴むように、天に向かってゆっくり手を伸ばした。
だんだん遠くなってゆく意識の中、頭にある人物の顔が浮かんだ。自分に向かって手を振り、微笑んでいる。
懐かしい、あの笑顔。
――会いたい。もう一度、君に会いたい。もう一度だけ、オレに微笑んで。あの日のように。
「……ミ……」
涙を流しながら声を絞り出した直後、空へ伸ばしていた手が地に落ちる。
降り積もる雪の中、男性は静かに息をひきとった。
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