第1話

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懺悔 母の最終学歴は、尋常小学校卒業。今でいう中卒だ。 母は僕の幼い頃から、折につけ、僕に「大学に行くのか」と聞いていた。それと、家庭の事情で、女学校に進学出来なかったのを、終生悔んでいた。自分よりも大分成績の悪い同級生も進学したのが、何年経っても悔しかったようだ。 母は、一冊の古い国語辞典を持っていて、それは「字引き」と言った方がぴったりくる代物で、確か裏表紙は無くなっていたと思う。 父は高二の春に亡くなっていて、僕が21歳の時、親子二人は県営団地に引っ越した。その時、僕は何の気なしに、母の「字引き」を捨ててしまった。年季も入っているし、もういらないだろうと、勝手に判断したのだ。 引っ越してから、母はあまり体調が良くなく、入退院を繰り返したが、家にいるある時、「わたしの辞書、どこへやったかしら」としきりに探していた。 僕は、自分が捨ててしまったと本当のことが言えず、母は僕が25歳の時亡くなった。 結局、「字引き」のことは、謝ることが出来なかった。本当にごめんなさい。 母は、女学校に進学出来ていれば、違った人生があったのだと、思っていたのだろうが、もしそうなっていたら、僕とは違う子供が生まれて、僕は存在していなかった。 僕は、母にとってきっと良い息子では無かった。しかし、母の子であったのは幸せだと思う。
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