「覚醒」

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午後4時 公民館から1キロほど離れた住宅街 「ハッ…ハッ…」 車椅子に乗った初老の男性を若い男が押していたが、運悪く長い階段にさしかかる。 「くそ…これじゃ車椅子を運んでるうちに奴等に追い付かれてしまう」 途方に暮れる若者。 「おい智也…わしみたいな老いぼれ置いていけ…お前は生きろ」 「親父を置いていけるわけねぇだろ!」 「やつら、数が多すぎる…」 「いいから、黙ってろって!」 「わしは、もう90…充分長生きした。なのに両足を糖尿病でなくし、お前や嫁さんにに迷惑をかけてるばかりじゃ。だが、お前はまだまだ若い。息子だって都内の高校に通わせないとならない。違うか?」 「…」 智也は黙って下を向いた。 「さ、遠慮はいらない。わしが身代わりになる…両足がなくなった老いぼれをここまで長生きさせてくれた礼だよ。そして、親として最後に息子にできること…頼む」 後ろから、公民館前で何者かの襲撃を受けて死んだはずの住民がゾロゾロと向かっている。 「…親父」 「智也よ…今までありがとう。当分はあっちの世界に来るでないぞ」 そう言うと車椅子でゾンビの集団へと走っていく。 「ほれ!美味しいお肉はここじゃぞ!」 精一杯の声でゾンビをおびき寄せようとしているようだ。   「智也!逃げろ!生きろ!」 「親父……グッ…すまない!」 智也は後ろを振り返らずに階段を駆け上がる。 「ハッ…ハッ…グスッ」 親父の悲鳴はしなかった。きっと心配をかけたくなかったからだろうか。 そんなことを考えながら体力の続く限り逃げ続けた。
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