嘲宮論理と春の夕暮れ。或いは既知との遭遇。

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講義が終わった。結局のところ老教師は何かとても大切なことを話していたような気がするのだけれど、蛇足に次ぐ蛇足、そしてその蛇足同士が繋がり合う中で、それは茫洋と溶かし込まれてしまったのだ。 彼は座学講義に使う2つの棟を二階で繋ぐ渡り廊下にいた。平行に立ち並ぶ2つの棟を、平行に並ぶ通路が繋ぐ。それは上空から見ればカタカナのロの字に見えるだろう。彼はサークルに向かおうとしていた。 普段彼は、サークルに向かう時に2つの棟からほぼ等距離にある購買で、夕飯もついでに買っている。その習癖が出そうになって、ただ彼は今日は部活に長居できないということを思い出した。立ち寄って何か中途半端に買うくらいならと、踵を返してここにいた。 何の意匠か、渡り廊下は床以外の三面がガラス張りである。夏の日は当然として、冬の日も通気性が悪いとあらゆる層に不評なその作りを彼は心の何処かで気に入っていた。 下を見れば、中庭で戯れるアベックがいる。貼り付けたような芝生が茂る。 そしてその全てを染めあげるような強烈な夕陽が、平等に鮮烈に降り注いでいた。 廊下が紅に染まる。 人気のない校舎では無個性な声が何処からともなく現れては消え、消えては現れる。何一つ確かなものの何もない、芯棒の欠けた幻想的な全てが彼へと牙を向く。 浮遊感。そう言い換えてもいい。このまま身を浸せば何処かへ落ちていってしまいそうなそれを彼は、ハッとした面持ちで振り払う。 耽溺していたのは時間に直せば一分弱。別段急ぐ義理はないのだけれど、彼は律儀にその遅れを取り戻すように歩を進めた。 途中で他学科の、友人とも言えない、適切な言葉の浮かばない、そんな関係の人間とすれ違う。彼は彼等のことを知らない。 たまたま同じ講義を受講して、同じグループで上滑りな議論を交わしたことはあったけれども、彼等と彼等の友人がしているようなSNSの話は、専門用語が混じっていて彼には理解が及ばなかった。 それくらいに彼と彼等は隔絶していた。 そうだ、と彼は校内を貫く環状道路を歩みながら思い出す。 嘲宮論理も、SNSの類はしていない。 図らずも、彼女について知っていることが増えてしまった。それは彼もそうだった。少々協調性に欠ける彼にはSNSに喜びを見出す気持ちが分からなかった。 ただ、彼と彼女の距離は彼と彼等の距離よりは近いのかもしれないと、彼はそんな感想を夕焼けの空に抱いていた。
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