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正面から見たその眼の黒は底の見えない空洞を見下ろしたときのような引力を湛えていた。
彼と彼女は、長机を挟んで相対している。位置的には彼の方が上座になるのだが、両の手と足を組む彼女の表情は恐れを知らぬ稚児のように僅かなブレもなく挑戦的で、どちらの立場が上なのかは全く判断のつけようがなかった。
彼は彼女に手渡された紙越しに彼女の様子を窺っている。彼女を直視することが出来ていないのは、自信に満ちたその在り様が眩しかったからだった。決して、組まれた両腕によって強調された、大きな女性的部位が魅力的だったからではない。念の為。
無言の時間が続く。外は俄かに風が強くなってきていた。
常緑樹の葉が風に吹かれ、ざわついた音を鳴らす。彼は、観念したように口を開いた。
「却下で」
「何ィ!?」
彼女は身を乗り出すように反応をする。速い。言い終わる前に半ば食らいつくようにして叫んでいた。座っていた錆びの浮くパイプ椅子が後方へと大きく滑る。
彼は『入部届』と大書された紙を彼女に突き返した。
「じゃ、そういうことで」
「いやいや、待て。待つんだ。私の話を聞くんだ、君」
「何ですか……。とりあえず手を放して」
彼女の、彼が帰ろうとするのを止めるために『ドレスシャツよ、伸びろ』と言わんがばかりの力で掴んでくる手に辟易したのか、彼はつい彼女の発言を許可してしまう。
そこには午前中から彼女を待たせていたという、それはあくまで彼女曰くだが、負い目も含まれていた。同時にじゃあ午後の講義に出席すればよかったのに、という呆れの念も込められている。自身の鞄に新聞紙を敷き詰め、そこに靴を入れるといった行動や、またつい先だって突き返した紙もなんだかんだ不平も漏らさず受け取る辺り変な真面目さが彼女にはあった。
ドレスシャツの皺を伸ばし終わるのを待って、彼女は口を開く。
「男の子ノベル的に考えて、私のような美少女と共に二人きりでサークル活動だなんて美味しすぎる展開だとは、そう君は考えなかったのか?
考えただろう。あわよくばコイツと付き合えねーかなって思っただろう。なら実行に移せよ! 具体的には今すぐ私を天文同好会に入会させろよ!」
「却下で」
「何ィ!?」
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