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このままでは延々同じことの繰り返しである。彼も己の言葉が足りなかったと自戒する。
だが天文同好会を巡る諸事情は彼にとってあまりにままならない、言うなれば天体運行みたいなものであった。図式にしてしまえば単純で、ただぐるぐると、在るべき位置に在るべきものがそこにある。しかしそこには計り知れないほどの数のベクトルが作用していて、そしてそれは単体でも、総体としても独立し、共有し合う意志を持っていた。
その最たる、そして事態の中心核にいる彼はそれを誰よりも痛感していて、その背後に全ての糸を繰るものの存在を認識している。一片でもそれに関与すると、少なくとも彼個人がそう認識することに関して彼は竦み上がったように半開きの口をだらしなく開け、然る後押し黙ることを選択してしまうのだった。
まるで病人か敬虔な信者か、或いは罪人のように。
それは彼の後遺症と言えた。
そのことを察して欲しくなくて、彼は別の水を彼女へと向ける。
「逆に、どうしてここに入会しようと思ったのさ、嘲宮さん。
君だって、ここの噂くらいは聞いてるはずだろう?」
「仮に知っていたとしても、私の意志は変わらなかっただろう。知っても知らなくてもそれは私にとって同じことだ。だから知らん」
つまるところ知っているのかそうでないのかは誤魔化されてしまったものの彼女の語調は快刀乱麻。恥じるところも驕るところもなくただ淡々と事実を述べる。
「更に言うならば入会動機等というものを、今敢えて語らせようとは君も罪な男だな。段階というものがあるだろう。だが、悪くない。
それを語れと言うのも或いは道理だ。君と私は違う道徳律を持つ、ただそれ以外は全く似通った性質を持つ人間だということを、他ならぬ私自身がすっかりと失念していた。いやはや、恋が盲目とはよく言ったもの。いやこの場合は、恋は耄碌と称するべきか」
恋? 口を挟む前に、彼女は立て板に水とばかりに捲し立てる。
その全てが否応なく耳にクリアーに入ってくることを彼は自覚していた。彼女の熱っぽい吐息まで、全て。
「私は君を気に入っているんだ。嗚呼。この感情。これは近似の言葉を用いてこう表現する他ない。
――『恋情』と。」
彼女はそのしなやかな肢体を棒立ちの彼に蛇のように絡みつかせ、最後の文句は耳元で粘度を伴わせて囁いた。
とろ火で煮込まれたように熱された日常に、彼の脳が追いつかない。
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