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「風、強いね」
風の音に掻き消されないように森くんは声を張り上げて言った。
乱れる髪を押さえながら「うん」と頷いた私に向かってにこりと微笑む。
それから海の方へ向き直ると再び身体を屈めた。
拾った枯れ枝で砂浜に絵を描いている森くんの髪が傾き始めた太陽の陽射しで煌めいている。
湿り気のある潮風がシャツの襟や袖口から入ってきて肌を撫でる。
ひやりとする感覚に少し身を竦めながら隣に立って枝先を覗き込む。
しかし突然の大波にそれは流されてしまった。
「あ……消えちゃった」
ぽつりと呟いてから、再び描き始める。
出来上がったのは雪だるま。
「可愛いでしょ」
私も座り込んで砂に指先を走らせる。描いたのは太陽だ。
「もうすぐ七月だってのあまり暑くならないね」
森くんが思い出したように空を仰ぐ。
相変わらず涼しげな日は続いていた。街を行き交う人々の服装は大半が長袖で、とても初夏とは思えない光景だ。
森くんが隣に座り込んだ。私の絵を眺め、
「消えないでほしいな」
寂しげな声に鼻がツンとした。
言葉が出てこなくて黙ったまま波先を見る。それから長い間そのままでいると、
「あー!」
突然、森くんが叫んだ。
驚いて振り向けば不満げな顔がわずかに近づく。
「今日ずっと俺のこと避けてたでしょ」
すぐに返事ができなかった。
足元に視線を落として小さく首を振る。
「避けては……ないよ」
「嘘。おはようって挨拶してこなかったし、休み時間になっても話しかけてこなかったもん」
言葉に詰まる。
何も言えずにいると彼が波打ち際の太陽に笑顔を書き足した。
「ごめん。わかってるよ。気を遣ってくれてたんだよね」
ふいに折り重なった笑い声が聞こえてきた。
遠くの砂浜で数人の女子生徒が鬼ごっこをして遊んでいる。
砂に足を取られて走る足元がおぼつかない。その光景はまるでーー
「俺たちもよくしたよね」
代弁するかのように森くんが呟いた。
まだ遠くない、振り返ればすぐ掴める場所にあるはずのあの頃が無性に儚く感じて胸が締めつけられた。
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