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無言の眼差しに耐え切れず視線を逸らす。
先生が先生じゃないみたい。それも学校でこんな。
素っ気なく表情をあまり変えることのない普段とはまるで違う様子に戸惑いながら彼の指先の感触が残ったままの頬に手の甲を押し付ける。
やがて静かな声が沈黙を割いた。
「西島、月曜日空いてる? 体育祭の振替休日」
「はい……」
「そう。じゃあ、どこか行かない」
「え……」
「受験勉強真面目にやってるみたいだから息抜きにでも。疲れてなければ、だけど」
私はぱちぱちと目を瞬いた。
「――い、行きますっ」
「だから声大きいって」
声を弾ませる私に向かって先生は唇の前で人差し指を立てて笑う。
思いがけない展開に私は喜びに打ち震えた。
「どこか行きたいとこある?」
「水族館っ」
即答してからはっとした。
慌てて誤魔化そうとするや否や、しかし彼は「いいよ」とあっさり頷いた。
「え……いいんですか?」
「行きたいんじゃないの」
「でも……学校近いし、やっぱりよくないかなって……」
「いや、遠くに出かけるより却って近場の方がいいと思う。振替休日にわざわざ学校の近くまで来る奴なんていないし、もし誰かに見られたとしても西島も俺も家が近いから偶然出くわしたってことで通せる」
水族館なら薄暗いし、と付け足す。
たしかにそう並べられると問題ない気がしてくる。表情に出ていたのか、先生は先へ進めた。
「その前にどこかでご飯食べよっか」
「はい!」
「じゃあ、昼頃に迎えにいく」
「え……迎えに?」
「嫌?」
強く首を振った。
嬉しいです、はにかみながらそう告げれば、先生も満足そうに微笑んだ。
「それで……悪いけど、バスか電車でもいい?」
「構いませんけど……」
何が悪いのだろうと小首を傾げれば、彼は声を苦くした。
「検査結果に異常はなかったし通勤でも問題なく乗ってるから大丈夫だとは思うけど……西島を乗せてるときに万が一何かあったら嫌だから」
私は微笑みながら首を振った。
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