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「先生と電車やバスに乗るのは初めてだから嬉しいです。もし天気がよかったらのんびり歩いていくのもいいですね。――あっ、違う。初めてじゃない。京都で一緒に乗ったんでした。懐かしいな。一人分開けて座りましたよね」
出逢ったときのことを振り返り頬をほころばせる私を見て、先生は目を見開いた。
かと思えばふっと目を伏せる。
表情がどことなく沈んでいる気がして私は心配になって尋ねた。
「どうかしたんですか?」
いや、そう口ごもったと思えば言いづらそうに口を開く。
「西島……、月曜日なんだけど」
言いかけたとき、スピーカーから近藤先生と思われる女性の声が流れてきた。
《氷泉先生。氷泉先生。お電話が入っております。至急職員室にいらしてください》
呼び出しの放送に先生は小さくため息をついた。
無表情ながらも心なしか残念そうな顔つきで身体を起こす。
「ごめん、もう行く」
「はい。私も帰りますね」
もうちょっと一緒にいたかったけど仕方ない。
名残惜しさを胸に二人で出口へ向かう。
私は思いついて白い背中を呼び止めた。
「先生。さっきのお話なんですけど、月曜日がどうかしましたか?」
引き戸に伸ばしかけた手を止めて先生が首だけで振り返った。
「いや、何でもない」
「そうですか?」
「うん。気をつけて帰れよ」
「先生もお仕事頑張ってくださいね。水族館楽しみにしてます」
ん、と短く返事をして私の頭をかき混ぜるように撫でてから、先生はいつもの涼しげな表情で引き戸を開けた。
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