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ドアからそっと顔を覗かせる。 二つ隣の部屋の前にエプロンを身につけた女性と二つ結びをした小さな女の子が立っている。 親子だろう。ただ初めて見る顔だ。 そこでエレベーターへ続く廊下や壁が養生されているのに気がついた。引越してきたのだ。 「お兄ちゃんと遊ぶ!」 「お兄ちゃんはジュースを買いに近くのコンビニに行ってるの。すぐに戻ってくるから。ね?」 「花音も行く!」 「どこにあるのかもわからないのに迷子になったらどうするの。わがまま言わないで、」 女の子の視線を追いかけて母親が私を見つけた。 やだ、と恥ずかしそうに口元に手を当ててこちらへ歩いてくる。 「ごめんなさい、騒がしくて」 「いえ。あの、もしかして……」 「はい、二つ隣に引っ越してきた者です。あ、ほら、花音。いらっしゃい」 花音と呼ばれた女の子がとことこと近づいてきて母親の身体に抱きついた。 小さな手でエプロンをきゅっと掴み、低いところから私を見上げる。 「こんにちは」 「……」 花音という子は無言で後退りした。 知らない人だから警戒しているのか照れ屋なのか。 「もう、花音ったら。ごめんなさいね、内気な子で……」 「いえ」 今度はしゃがみ込んで、花音ちゃんと目線を合わせる。 くりっとした大きな瞳が驚いたようにぱちぱちと瞬く。 「はじめまして。西島雪乃です。その髪飾り可愛いね。うさぎさん?」 彼女は一度母親を見上げてから、おずおずと頷いた。 「うん」 「とても似合ってるよ。花音ちゃんは何歳になるの?」 「……七歳」 「じゃあ小学生だ」 こくりと頷いて再び恥ずかしそうに母親の後ろへ隠れる。あまりの可愛らしさに笑顔になってしまう。 「西島さんは学生さん?」 「はい、高校三年生です」 「あら、じゃあ――」 「あっ」 はっとして叫んだ。 「ごめんなさい、私、これから用が……」 「あら、引き止めてしまってごめんなさい。また改めてご挨拶に伺いますね」 「それじゃこれで……花音ちゃんもまたね」 母親の後ろに隠れていた花音ちゃんがひょこっと顔を覗かせた。 黒目がちな瞳で私をじっと見つめて控えめに小さな手を振る。 再び胸をわしづかみにされながら手を振り返し、私は階段を目指した。
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