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「謝らないでください」 思いがけない言葉だったのか、先生は困惑したような顔をした。 「私、気にしてません。怒ってもいません」 ショックを受けていないとは言わない。けれど傷ついたのは先生も同じだ。 一年近くもの間、自分を欺き通すのはどれほど神経を擦り減らす日々だったろう。 優しくて真面目な先生のことだから罪悪感に苛まれていたに違いない。きっと私と顔を合わすたびに心を痛めていた。 けれど本当のことを打ち明けるわけにもいかなくて――身動きの取れない日々を長い間過ごしてきたと思うと、これっぽっちも責める気などなかった。 私は微笑んで言った。 「色々あったけど、終わりよければすべてよし、です。もう気にしないでください」 「でも、」 「先生。私、これから先生と色んなところにお出かけしたり、こうして美味しいものを食べたりすることができると思うと、先生の傍にいられると思うと、本当に本当に幸せです」 先生は言葉を失ったようだった。わずかに開いた口からは何も出てこない。 「先生。私……先生の笑顔が大好きです」 照れ隠しに、えへへ、とはにかむ。 そんな私を長いこと見つめてから、先生は静かに目を伏せた。 やがて噛み締めるように呟く。 「……ありがとう」 太陽の香りを含んだ潮風がテーブルの上を吹き抜ける。 揺れる前髪の下で柔らかく微笑んだ先生のことが何よりも大切に思えて、私はなんだか泣きたくなった。
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