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えっと……、と恐る恐るといった調子で島崎先生が片手を持ち上げる。
「君……悪いんだけど席を外してもらえませんか。いま取り込み中なんです」
「出ていきません」
それだけ言って窓に寄りかかる。
黒いニットカーディガンの背後でカーテンが引きつれてレールが金属音を鳴らす。それは普段であれば聞き逃すほど小さなものだったけれど静まり返った室内ではよく響いた。
私と目が合うと葵くんは微笑みながら首を倒した。
「こういうのを修羅場っていうのかな」
その言葉に察した近藤先生が声をかけた。
「あなた……話を聞いていたの?」
「はい。氷泉先生に聞きたいことがあって五階へ来たら声が聞こえてきて……。何だろうと思ったら雪乃先輩がいたので」
「西島さんがいたから……何なのです?」
「穏やかな空気ではなかったので心配で」
そう、近藤先生が肩でため息をついた。
「一色くん、いま耳にしたことは内密に……いいえ、忘れてもらえないかしら。そして申し訳ないけれど教室に戻ってもらって、」
「まるで部外者扱いですね」
「部外者でしょ」
睨むような目をしている女子生徒とは対照的に葵くんは微笑を浮かべたまま少しだけ顎を上げた。
ただし彼女を見下ろす瞳はまったく笑っていなかった。
「何、小野田さん」
「一色くんは関係ないでしょう。出ていってって言ってるの」
「関係ないのはどっちだよ」
目を瞠った。
彼のこんな言葉遣いを耳にするのは初めてだった。
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