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「そんな顔しないでください。小野田さんのことは私もまったく気がつきませんでした……だからおあいこです。葵くんのことは私が知られたくなかった。先生に心配かけたくなくて黙ってたんです。……でも」
悔やむように声を落とす。
「こんなことだったら全部話せばよかった……。結局自分一人じゃ何もできなくて右往左往するばっかりで……そうすれば葵くんにもあんなに迷惑かけることもなかったのに」
「……西島」
「隠し事はしないって約束したのにごめんなさい」
「西島は悪くないよ……俺が気づいてあげればよかったんだ。ごめん」
再び首を振りながら西島は俺の手を握り返した。
しっかりと包み込んで優しく微笑む。繋がれた手から温かい気持ちが流れてきて胸が詰まる。
空いている手で彼女の頬に触れる。そのまま優しく擦ると困惑したような声が返ってきた。
「先生……葵くん、あんなこと言ってたけど……本当はしてないんです」
「してないって……何が」
「だから……その、ほっぺに……くっついてないんです」
え、と思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「……してないの?」
「したフリだったみたいです……」
「本当に?」
「はい。ぎりぎりのところで……」
「…………」
一気に力が抜けた。
「本当に食えない……何者なんだろう、あいつ」
ふふ、と西島が頬を緩める。
いつの日か、そんな彼女を真剣な眼差しで見つめる一色の姿が頭をよぎった。
このまま彼女の笑顔を眺めていたかったが、思い切って俺は切り出した。
「その、島崎先生が言ってた女性のことなんだけど……」
瞬間、彼女の頬が強張った。斜め下へ目を伏せ、
「い、いいんです、そのことは」
「え」
「私、わかってますから。昔に交際されてた方……ですよね。先生、大人だしおつき合いしていた人がいて当然です。それくらい……私だってわきまえてます」
予想外の反応に狼狽えて言葉が出てこなかった。
彼女の存在を耳にしたばかりだというのにあまりにも物分りがよすぎる。いや、それ以前にどうして過去に交際していた相手と認識できているのか。
寝耳に水だったはずだ、普通であれば女性の情報を求めたり、関係を怪しむものなのでは。
――まさか。
間違いであってほしいと祈りつつ俺は恐る恐る尋ねた。
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