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「もしかして……会った、とか」 彼女の呼吸が一瞬止まったのがわかった。右へ左へと視線が泳ぐ。 後ろから頭を殴られたような衝撃に俺もまた声を上擦らせた。 「……ぶ、文化祭のとき、とか?」 「そ、そのときは会ってません」 「そのときは?」 口が滑ったとばかりに彼女は口元を押さえた。 その反応にじわじわと嫌な予感が背中を這い上がってくる。 「西島」 「…………」 「お願い、話して」 黙りこくる彼女の顔を覗き込んで繋いだ手を揺らす。 それでも沈黙を崩さない態度に辛抱強く待っていたら、やがて観念したように西島は唇を動かした。 「先生と……綺麗な女の人がショッピングモールを歩いてたって……人から聞きました。 それと……その後に学校の外で赤い車に乗った女性から、先生に渡してほしいってトートバッグを渡されたことがありました……その、忘れ物だからって……」 眩暈がした。 あのトートバッグ……よりにもよって西島に託していたなんて。 「唐沢涼子さん……夏にショッピングモールへ行ったとき、お店の外で立ち話してた人ですよね。卒業生だなんて気を遣わなくてもよかったのに……」 ということは過去の関係を匂わせるような発言が唐沢からあったのだろう。 全身から血の気が引く音がした。 「に、西島……それには理由があって、」 「わかってます。平気です。友達に戻ることもあるっていうし、それなら二人で会っていたって気にしません」 「よくない。全然よくない。勘違いしてる。会う意志があったわけじゃない。偶然なんだ、本当に」 ああ、事実なのに言えば言うほど嘘っぽく聞こえてしまうのは何故なのか。 案の定、西島の表情が曇り出した。 「偶然……。そうですね、そんなこともありますよね……」 一見納得したような口振りだが、ぎこちない笑顔からは釈然としていないのが伝わってくる。わかってはいたが気にしていないなんて嘘なのだ。 「西島。本当だよ、彼女とは何もない。友人と呼べる間柄でもない。夏に会ったのだって本当に久しぶりでーー」 誤解を解きたくて必死に言葉を重ねる。 西島は黙って聞いていたが、ふいに上目遣いに俺を見ると、 「先生……どうしてそんなに必死になってるんですか。私、気にしてないって言ってるのに……」 ――ああ、裏目に出た。
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