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「すみません……私、勝手に色々考えちゃって……。先生のことちゃんと信じてるのに」
「いいんだ、わかってる。他に訊きたいことはない? なんでも話すよ」
「もう……大丈夫です」
照れたように微笑んで彼女は首を振った。
一日のうちどのくらい西島のことを考えているか。先ほどの言葉が嬉しかったのか、ハンカチで目元を拭い終えてもなお口元ははにかみっぱなしだ。
思わず髪に触れる。艶のある柔らかい黒髪。頭を撫でる手は滑るようだ。それにまた彼女の頬がほころぶ。
ずっとこんな笑顔を浮かべていてほしい。壊したくない。二度とあんな顔をさせたくない。
自らのふがいなさを省みる傍らでそんなことを考えていたら、
「けど……先生がサブバッグ持つなんて珍しいですね」
「……ああ、そうだね。ちょっと荷物があって」
閃いたように西島は赤い瞼を瞬かせた。
「そういえばファスナーの入口から服みたいなのが見えました」
「え……そうだっけ」
「そうだっけって……それが荷物だったんじゃないんですか?」
「ああ、そうだった。うん、それが荷物」
とぼけた発言に彼女の表情が怪訝そうになるのにそう時間はかからなかった。
えっと、と俺は掛時計に目をやった。
「西島、もう遅いからそろそろ帰らないと……近藤先生とかに会わないように気をつけて、」
「先生……何だかおかしいです」
「おかしいって……何が。気のせいだよ」
「何かはぐらかしてる。私、気づいたんですけど……先生、そういうとき口数が多くなって早口になる傾向があると思います。さっきだって、」
「な、何言ってるのかわからない」
「嘘。先生、何か隠してる」
にじり寄る彼女から離れようとするが白衣の袖を掴まれては逃れられない。叶ったところで肘掛けまでの距離なんてたかが知れている。
と、強気だった彼女が一転気弱な声をこぼした。
「……もしかして、」
「ないっ」
俺の剣幕に驚いたように西島は背筋を伸ばした。
せっかく唐沢の誤解を解くことができたというのに逆戻りなんて冗談じゃない。
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