12

2/10
351人が本棚に入れています
本棚に追加
/412ページ
 マンションのエレベータに乗り込んだところでふうと息をついた。 手鏡で身なりを確認する。 目深に被った帽子に大きめのマスク。目元は暗く口元の黒子は隠れている。ほとんど表情の見えないこの姿なら友達でも私と気づくことはないだろう。 エレベータ内の階数表示が目的の階へ近づいていく。高まっていく緊張に私は深呼吸をした。 本来であればこうして会うのは避けるべきだとわかっている。 今この瞬間が人目に触れたら葵くんのしてくれたことすべてが水の泡となる。そして今度こそ否定を貫くのは難しい。 次はない。それは先生もわかりきっているはずだ。 それでも自宅へ招いたのはそれ相当のことがあるのだろうと、先生の誘いに私は頷いた。 エレベータの扉が静かに開く。通路に人の姿がないのを確認した私はまたそこで胸を撫で下ろした。 鍵を開けておくと言われたもののそのまま入るのは気後れしてインターフォンを押してから中へ入る。 「お邪魔します」 帽子とマスクを外して髪を整えていたら、廊下の奥から慌てたような足音が近づいてきた。 出迎えた先生は私の顔を見ると、西島、と優しく微笑んだ。 「今日はごめん、迎えにいけなくて」 肘の辺りまで捲った白いシャツに暗いネイビーのスラックス。こうした飾り気のないシンプルな服装が彼は本当によく似合う。 普段学校で目にする白衣やスーツといったかっちりした格好も好きだけど、休日のくだけた格好も同じくらい好きだ。 私は胸を高鳴らせた。 「いいんです。それに一人で移動した方が多分いいし……」 「けど、バス酔わなかった? ――あ、待って、スリッパ……あれ、西島の……」 思わずきょとんとしてしまった。 スリッパを用意する手はどこか慌ただしく、加えてちらちらと背後のリビングを気にする素振り。落ち着きがない。 「どうかしたんですか?」 「え、何が」 「なんだかそわそわしてる……あ、もしかして中岡さんが来てるんですか」 まさか、と彼は露骨に渋い顔をした。
/412ページ

最初のコメントを投稿しよう!