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「いた……先生、どうし」
「目……瞑ってて」
「え?」
「いいから、目瞑って」
わけがわからず瞬きを繰り返す私の瞳が降りるのを先生はじっと待っている。私は仕方なく目を閉じた。
両手を引かれる格好でゆっくりと足を進める。
「座って」
膝裏に伝わるソファの感触と彼の手を頼りに腰を落とす。
「開いてもいいですか」
「まだ、だめ」
「先生」
「すぐだからそのままで待ってて」
足元が遠ざかっていく。それから何かの扉を開ける音。他にもかすかに音が聴こえる。それと美味しそうな匂いも。
何だろう。視界が真っ暗なのに加えて何も知らされていないため否が応でも緊張が高まっていく。
すぐ傍で空気が揺れ動く。目を開けてしまいたいのを我慢して待っていたら、ようやく声がかかった。
「開けていいよ」
「……怖い、なんですか」
「怖くないよ」
笑い混じりの返事と先生が隣に座った気配に誘われてそっと瞼を開ける。
え……、と声にならない声がこぼれた。
見間違いではないかとぱちぱちと瞬く。
びっくりするあまり口をきけずにいる私の隣で先生が覗き込むように顔を倒した。
「どう」
「ど、どうって、どうしたんですか、このご馳走……」
淡いクリーム色のテーブルランナーが敷かれたテーブルには、サラダをはじめ、マカロニグラタン、鮭ときのこのホイル焼き、マッシュポテト、オニオンスープに筑前煮と、二人では食べきれないほどの料理が並べられていた。
驚きをそのままに私は寝室の方を見た。
「小夜さんが来てるんですか」
「来てないよ」
「じゃあ……私が来る前に来てて作っていってくれたんですか?」
「ううん」
「それなら……デリバリー?」
違うよ、少しおかしそうに笑ってから彼は照れくさそうに首筋を擦った。
「その……俺が作った」
聞き間違えたのかと思った。
「先生……が?」
「うん」
「これ、全部?」
うん、と子どもみたい頷く。
私の反応がよっぽど嬉しかったのか口元が緩みきっている。
「だって、先生……料理は苦手って……」
その頬にまだ残っている白いものに私はあっと叫んだ。
「もしかして……小麦粉?」
うん、とまた頷いて再び頬を拭った彼はソファの陰へ手を伸ばした。
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