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「バッグに入ってたのはこれだよ」 広げられた布地から細長い紐が揺れる。見覚えのある生地のそれはエプロンだった。 「……どうしてエプロンが」 「料理教室に通ってたんだ」 思いがけない返事に唖然としてしまって、すぐに返事ができなかった。 「初めは自分で何とかしようと思ったんだけど、やっぱり食材の切り方とか火加減とか、そういう基本が全然わからなくて……それで教室に……」 もしかして、掠れた声で私は言った。 「ショッピングモールにいたのって……」 「察しがいいね」 まるで褒めるみたいに彼は優しく微笑む。 「モール内にある料理教室に通ってたんだ。前に一緒に通りかかったことあったね」 「じゃあ……忘れ物のトートバッグを唐沢さんに託したのは……」 「うん。料理教室の先生」 放心してテーブルの料理を眺める。湯気とともに美味しそうな匂いが立ち昇っている。 「これ……本当に先生が?」 疑うつもりはないけれど、にわかに信じられないレパートリーの豊富さだ。 そんな私の反応に先生は口端を上げている。とても満足げだ。 「でも、料理なら私が教えたのに……それか小夜さんとか……」 通勤途中にある料理教室ならまだしも仕事帰りにわざわざ辻堂まで足を伸ばして通うのは大変なはずだ。 鈍いな、さっきとは正反対の言葉をこぼして彼はエプロンを畳んだ。 「だめだよ、小夜に教わったら西島に漏れるかもしれないだろ」 「漏れるって……知られたくなかったんですか」 「だから秘密にしてた」 「……どうして」 「でないと西島の驚く顔が見られない」 再び言葉を失くした私を見て、彼は気が抜けたように笑った。それから私の手を握って、 「西島のことを驚かせたかったんだ。びっくりさせて、それで喜んだ顔が見たかった。だから内緒にしてた」 でも、残念そうに苦笑いを浮かべる。 「ちょっと失敗した。本当はこんなつもりじゃなかった。こんな白状するみたいな形で披露するんじゃなくて、何も知らない西島に見てもらいたか」 言葉が途切れた。 少しして発せられた、西島、と囁くような声は私の泣き声に掻き消された。
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