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「好きなものは小夜から聞いた。好みの味は西島が作ってくれたご飯とかお弁当で……」 そこであることを思い出した私は迷いながらも切り出した。 「先生。私の味付け……あまり好みじゃありませんか?」 彼は何を言っているかわからない顔をした。 「どうして?」 「ちょっと前なんですけど……お昼を過ぎても私のお弁当手つかずのことがあったから。食べる時間がなかったのかなって思ったんですけど、もしお口に合わないのなら、」 まさか、慌てたように彼は首を振った。 「誤解だよ。さっき話したけど……料理をするうえで西島の好みの味をきちんと把握したくて、そのために昼食の時間を遅らせたんだ。昼休みは生徒が来たり仕事があったりでゆっくり味わう余裕がないから……」 「なんだ、私てっきり……」 拍子抜けしている私へ向かって先生は穏やかに微笑んだ。 「西島の作ってくれるご飯はどれも美味しいよ。味付けだって俺の好みだ。いつもありがとう」 大きな手が優しく頭を撫でる。 照れ笑いを浮かべているのを先生が眺めているのも知らず、私は飴色のオニオンスープを口に運んだ。 食後、しばしの押し問答の末に結局二人で皿洗いをしてソファへ戻る頃には日が沈もうとしていた。 夜へ移りゆく空は藍色に澄みわたり、裾では茜色と黄金色の二層が帯のように伸びている。その光に照らされた水平線は境目がとけたように曖昧だ。 カーテンを閉める手を止めて、キッチンでカフェオレを淹れてくれている先生へ振り返る。 「夕焼けが赤いのもレイリー散乱のせいですか?」 「そうだよ。日中に比べて空気層を通る太陽光の距離が長くなるせいで波長の短い青色は散乱されきってしまいその光は地上に届かなくなる。一方、散乱を受けにくい波長の長い赤色は遠くまで届くために朝方や夕方は空が赤く見える」 「不思議です。その現象でこんなに綺麗な色に染まるなんて。私、冬の夕暮れが一番好きです。空気が澄んでてグラデーションが綺麗」 「俺も好きだよ。この時期になると朝焼けや夕焼けが待ち遠しくなる」 お揃いのマグカップから立ち昇る香りに誘われソファへ座る。 甘い温もりに一息ついていたら、隣の彼が微妙に視線を外しながら切り出した。
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